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干支を身に付ける~巳(蛇)年の和装小物(帯留め/根付)の制作過程:渦賀巳(かがみ)

2012-11-28
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【想作:1】

毎年恒例の干支シリーズの想作。。。

来年の干支「巳」の想作過程を公開してゆきます。

201224-1

スケッチの中に書き留めた事をまとめると、、、

・蛇のラインはメビウスの環
・ベースとなるフォルムは宝珠と鏡餅をイメージ
・裏側のフックは二匹の蛇が絡み合うような注連縄

と、ここまでのコンセプトは今年の1月7日に出来上がっていました。

取り組み始めた時期だけは、実は今迄で一番早かったんです☆

【想作:2】

全体のシルエットと、裏側のラインを取る為に
今回は裏側からアプローチしてみる事にしました。

201224-2

裏側のデザインは昨日も記したように
宝珠と鏡餅がそのコンセプトにあり
宝珠と鏡餅を合わせたようなシルエットを
何度も描きましたが、よろしくなかったので
シルエットは宝珠、その宝珠の中に鏡餅を
インクルードさせてみる事にしました。

結果的に鏡餅の名前だけが残る事になりました。

2013年の干支、命名「渦賀巳(かがみ)」です☆

【想作:3】

つづいて、表側の想作です。。。

蛇のシルエットをメビウスの環のように描きます。

ラインが重なる所は「上いって下いって」という順で
ケルト模様のようなフォルムで描いてゆきます。

201224-3

またメビウスの環の特徴である「捻じれ」に関しては
蛇の模様と蛇腹にてその様子を表してゆきます☆

【想作:4】

蛇の模様は、いわゆる細かい「鱗」に関しては一切省略して
網目模様が鎖のようにみえる「クサリヘビ」の斑紋を参考に
捻じれを意識しながら全体的に彫り込んでゆきました。

201224-4

当初は頭部もイラストっぽい簡略的な感じをイメージしていましたが
チープな印象が拭い切れなかった為、改めて蛇の頭部を観察し直して
その独特な凹凸を活かしながら蛇の頭部を想作してゆきました☆

【想作:5】

蛇(巳)は龍と同様、水の神であり雷神に繋がる事から
背景に雷紋を少しアレンジした文様を彫り込む事で
蛇神の後光(光背)のような感じを表現してみました。

201224-5

ちなみに雷太鼓などに描かれている巴紋は
雷紋や稲妻紋を簡略したものとされますが
「巴」の字と「巳」の字がよく似ているのは
果たして単なる偶然なのでしょうか・・・。

そして「巳(巴)」の字は雷紋と似ていますね。

【想作:6】

「注連縄とは雌雄の蛇が絡み合う姿である」という話がある。

裏側のフック部分のデザインは、注連縄をモチーフとし
ケーリュケイオン(ヘルメスの杖)に描かれる蛇のように
8の字を描いて上部に向かうようなデザインにしてみた。

201224-6

注連縄とは神が棲む清浄な領域である事を示す縄張りであり
外部(現世)からの邪悪や厄を祓う結界を意味している。

注連縄にぶら下がる白い紙「紙垂(しで)」は一説によると
雷光を表し降水(=五穀豊穣)を祈願しているという。

【想作:7】

宝珠の上部にシンボリックに浮き彫りしてある梵字は
巳年の守り本尊である「普賢菩薩」の『アン』。

それを支えるかのように、そこより少し下の位置から
絡み合う蛇を模した注連縄モチーフのフックを配しました。

フックの8の字の上部を僅かに離す事で、絡み合う蛇のような
シルエットに見せている点がこのデザインのポイントです。

201224-7

ちなみに「鏡餅」について少し触れておくと
鏡餅は「とぐろを巻いた蛇の姿」を模したものとされ
「カガ」は蛇の古語で、蛇身(カガ身)を供えた事に始まり
やがてそれが餅に置き換えられていったとする説がある。

一方で、昔の青銅製の丸形の鏡の形に似ていることから
三種の神器の一つ、八咫鏡を形取ったものとも云われる。

【想作:8】

シルバーへの鋳造工程を経て
僅かながら欠陥個所を修正し
原型としての仕上げが終わりました。

201224-8

この後、黒く燻してみる事で全体のバランスと
他の欠陥個所の有無を確認し、量産工程へ。

陰影が付くと雰囲気も大きく変わりますが
その様子はまた後ほど改めまして。。。

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カテゴリー: Ⅸ: 想作過程

ノラ・ジョーンズ~武道館公演11/8

2012-11-09
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アリーナ席というだけで何の期待も抱かずに行きましたが(チケットを確保して貰っていたので席を知らなかった)、席に辿り着いた際の第一声が「うはっ、近っ!」と、感動のド真ん中9列目!(Special Thanks Ryuya@otoris)

特に予習をしてきた訳ではないが、The Nearness of Youを
初めて聴いて以来、ほとんどの作品は網羅してるハズなので
演奏された曲はもちろん全て気持ちよく揺られて来ました♪

キース・リチャードがピアノの弾き語りで録音している
The Nearness of Youを聴いたのはもう20数年も前だが
2004年頃、くりから工房が未だ渋谷に在った頃に
下のヘアサロンでたまたま借りたCome Away With Meで
この曲を聴いた瞬間、ノラとキースの二人が共演する☆
そんなシーンを勝手に思い浮かべていたりした曲である。

それから随分と後になってから、キースと親交の深かった
グラム・パーソンズのトリビュート・ライヴにおいて
Love Hurtsをカバーしている二人の共演を映像で知った。

そんな、ノラ・ジョーンズの歌声に魅了されるきっかけとなった
ジャジーなThe Nearness of Youを生で聴けただけで大満足でした。

201222

小さなバンド編成でありながらもライヴならではのアレンジで
ギタリストはエフェクターを駆使してトリッキーな音を添え
ベーシストは、ほぼ全曲でベースをチェンジするという
(ダフ・マッケイガン以来のベースチェンジ最多記録W)
それほど、根底で支える音の粒を強く意識していたのだろう
お陰で、シンプルながらも彩り溢れる心地の良い演奏と
ノラ・ジョーンズの声に包まれる時間を堪能させて貰った。

アンコールは、全てのメンバーがアコースティックの楽器
(アコースティック&ドブロ・ギター、アップライト・ベース
 アコーディオン、フロアタムみたいな太鼓)を持ち寄って
中央のマイク1本だけでの演奏を披露してくれましたが
マイクの性能がよっぽどいいのか、60~70cmの距離で
歌っているのに、演奏を背景にちょうどいいバランスで重なり
まるで小さなハコでの生音を体感しているような錯覚に陥った。

どんな会場でも普遍の演奏スタイル、そしてその原点は
これなのだろうとの想いが表れていたように感じました。

そんな熱い、厚い、圧い(笑)ノラ・ジョーンズのライヴでした♪


「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」展

2012-11-08
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「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」@府中市美術館
(会期:9月12日~11月11日)へ行って来ました。

ポール・デルヴォー(の作品)との出会いは約20年前。

確か宝飾系の雑誌の中の美術評論のコーナーで池田満寿夫氏が
ポール・デルヴォーについて寄稿した記事を読んだのが最初で
その時に掲載されていたのが「夜の汽車」という作品でした。

前世紀(当時は未だ20世紀でしたので19世紀)のホテルのロビーのような所で
自らの胸を抱えて立っている金髪の女性と、その少し奥でソファに横たわる女性。
二人とも場所をわきまえず一糸まとわぬ裸体という姿で描かれているが
カウンターに座る(受付の?)女性は無表情で何事もなかったような顔をしている。

時計の針は2時を示しており、室内と外の景色は青を基調に闇や陰が表現されていた。

当時からシュルレアリズムの作品が好きでしたので
同時期にダリの絵を宝飾で表現した写真集を購入したり
シャガールの展覧会があったので観に行ったりしてましたが
この記事を見て以来、ポール・デルヴォーという人物に興味を持ちました。

201221

今回は2枚のポストカードを購入してきたので
その2作品について少し記しておこうと思います。

「会話」1944年(上のポストカード)

ポール・デルヴォーは、骸骨こそが人体の基本構造であり
骸骨がなければ生命もなく、動くことさえ不可能であるとして
少年時代に最も恐れていた骸骨は、後に美しさと表現力を持った
対象として自らの目に映るようになったのだという。

思えば、私にも似たような覚えがある。

幼少期に、両親の小物が入っている二段目の引き出しを開ける度に
その奥から見え隠れしていた恐ろしい表情をした般若の小根付に
(まるで蛇に睨まれた蛙のように)毎回ギョっとさせられていたが
その10数年後には、そのモチーフを自らの中指に装う事となった。

「嫌いは好きの裏返し」ともいうが、幼少期に刻まれた恐るべき対象は
些細な事で逆転し生涯付き合う事となる、魅力の入口なのかもしれない。

更に骸骨に関して書くと、長い年月を経て進化と退化を繰り返してきた訳だから
あらゆる脊椎動物にとって、その骨格が美しいのは当たり前なのかもしれない。

「エペソスの集いII」1973年(下のポストカード)

この作品も何度も画集などで見てきたが、実物を目の当たりにする事で
画集などでは到底判らない部分を発見することが出来た。

画面右側にあるフレーム(鏡なのか透明なガラスなのか)の中に
画面のこちら側(観覧者側)にあった景色として大きなガラス戸と
ハットを被った背広の紳士のような人物像が描かれているのだ。

こんな隠し絵?を直に見つける事が出来ただけでも楽しめたが
ここでふと長年の疑問が少しだけ解けそうになったので記しておく。

ポール・デルヴォーの作品には「鏡」が多く登場するのだが
彼の描く女性の顔が似ているのは、作品自体が鏡に映し出されたものであり
女性の顔はモデルのコピーとして写し表されたものなのではないだろうか。

大きな目であるのに無表情、そしてどこか品のある物憂げさ。

ポール・デルヴォーはこういった事を言い残している。

私の絵の中で描かれる女たちはミューズであり
あらゆる人々を魅了する光でもあるのです。

※ミューズ・・・芸術家にインスピレーションを与える女神の事

~今後の巡回~

下関市立美術館
2012年11月17日~2013年1月14日

埼玉県立近代美術館
2013年1月22日~2013年3月24日

岡崎市美術博物館
2013年4月6日~2013年5月26日


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