くりから工房~Blog (Archive & Search)

ワンダーフェスティバル(ワンフェス)2019~夏

2019-07-31
ワンダーフェスティバル(ワンフェス)2019~夏 はコメントを受け付けていません。

ワンダーフェスティバル(ワンフェス)2019~夏に市場調査と参加されてる作家さんの応援も兼ねて幕張メッセまで出かけて参りました。

前々から気になってはいたものの
その市場の大きさと入場者数に尻込みし
ずいぶん長らく気後れしておりました。

プロフェッショナルからアマチュアまで
分業から自己完結(セル生産方式)まで
驚愕から仰天まで…と刺激を受けました。

様々なものが溢れる中でふと立ち止まって
カメラを向けたのが日本が世界に誇る名車
ホンダ「スーパーカブ」のミニチュアでした。

AOSHIMA HONDA SUPER CUB 1/12 SCALE

スーパーカブの素晴らしいところは
60年以上を経ても原設計を引き継ぎつつ
改良を重ねながら生産され続けている事と
その汎用性の高さと豊かさに尽きます。

世の中のプロダクトデザインの中で
個人的にはベスト1だと思っています。

今年になってからも、アウトドアテイスト溢れる「クロスカブ」や
特別なカラーリングが施された「スーパーカブ・ストリート」など
コレクションしたくなるような(出来ませんが)心くすぐられます。

汎用性の高さといえば、ウルトラマンもまた凄い事になってます。

ウルトラマンの因子を持つ人間のみが使用できる
ウルトラマンに酷似した形状のパワードスーツの
バリエーションで、その通称はセブンスーツ。
ULTRAMAN SUIT Ver7

この未来感あふれる隙の無さというか
昭和のセブン・ファンとしては仰天しつつも
決して邪道など排せず、気に留めておきます。

そして今回のメインである御高名な根付師さんが
「TUKU」名義で発表されてる作品。

「くっく」(河童) のガレージキット

この河童さんの頭部をそのまま削りだした
河童の頭骨のガレージキットを即購入。

ガレキの彩色等は全くのド素人ですが
今年の秋の夜長にでも遊んでみようと思います。

いつか完成したらTUKUさんに感想を頂きたいなぁ。

「ビット」(うさぎ)のガレージキット

こちらは「うさフェス」用に購入させて頂きました。
彩色は相棒に任せますが、上の画像とはまた違った
世界観を表現出来ればいいなぁと思っています。

敢えて名は伏せますが、御高名な根付師さんなので
その美術品クラスの根付はとても手が届きませんが
ガレージキットという形で手にすることが出来て
ようやくお近づきになれました(…でしょうか)。

他にもたくさんの作家さんの名刺を頂いてきました。
何よりあの巨大な市場で既に挑戦されている事が素晴らしいです。

閉塞感が長きに渡って漂う日本の経済ですが
趣向系の高いマーケットは強さと勢いがあります。

よい刺激、そしてよい勉強になりました。

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大橋隆志(JAIL大橋)ギタークリニック & エフェクターセミナー

2019-06-29
大橋隆志(JAIL大橋)ギタークリニック & エフェクターセミナー はコメントを受け付けていません。

大橋隆志(JAIL大橋)ギタークリニック & エフェクターセミナーに参加してきました。

ここ数年参加出来ずにいたギタクリ…
前回は確か3年半前の松戸の時でした。

Psycholdの制作で超々多忙だったあの時期でしたが
睡眠時間を削りに削って何としても作りたかったもの。

聖飢魔IIの武道館ミサで着用して頂く為に
あの日の午前中に出来上がったばかりの
某品のプロトタイプを携えて気分も最高潮☆

あれからあっという間に時は流れてしまいましたが
何ひとつ色褪せず今日に至っている気がします。

そんな変わらぬ想いの中で過ごした3年半…

まるで何かで繋がれていた続きのように
アダムの林檎で始まり胸元の‘Shield’ペンダント
そして左腕に巻かれたPsycholdブレスレット
パラレルに反応し鼓舞するという至福のひととき♪

今回演奏された曲はADAM’S APPLEの他に
Universal Flower、そして FROM HELL WITH LOVE!

ARIA PRO-II RS WARRIOR JAIL

ARIA PRO-II RS WARRIOR JAIL

会場には伝説の2機も展示されていました。

ARIA PRO-II RS JAIL BLUE

ARIA PRO-II RS JAIL BLUE

断片的なフレーズでオマージュを表しながらも
ギターのスタイルもエフェクターの使い方も
遊びでやってる自分のスタイルとは全く違いますが
その全てに通じ重なるところがあるように思えます。

それが My Guitar Hero Takashi O’hashi なのだから♪



こちらは2017年の12月初旬…
Takashi O’hashi Playing Guitars’ Exhibition
打ち合わせがてらIkeBECKさんに伺った時のもの♪

この頃は大変な事態(すっぱいレモン)に見舞われながらも
その僅か1ヶ月後、見事なレモネードがお披露目されました。

Stephen Mills said…
When life gives you lemons, make lemonade.

「転んでもただでは起きない」「災い転じて福となす」
どんな逆境に追いやられてもベストを尽くすことで
不遇な試練を巧く活用する術が見事に証明されました。

そう、大橋さんは必ず証明してくれる。

Takashi O’hashi & Stephen Mills
Independent Souls Union Live

その証明の軌跡が音源として収録されています。

こちらは発売日前夜に訪れたタワーレコード新宿店
その一角にて大々的な特集コーナーが設置されており
長文のリコメンドにも愛を感じつつ悦しくなりました♪



Takashi O’hashi Playing Guitars’ Exhibitionにて
飾られていたお気に入りの写真の1枚ですが
対面のギター群が移り込むように撮れたのが◎

今回のギタクリでは‘Shield’ペンダントを着用されていました。
大橋さんの専属カメラマンの安田さん御夫妻(I&N YASUDA)が
ツイッターにて写真をアップして下さっています

T.O.ジュエリーも次回は第3弾という事になりますが
実現に向け着々と準備しながら可能性を探っています☆

久々のギタクリについて書こうと思っていたら
あれもこれもと支離滅裂になってしまいましたが
単なるT.O.フォロワーである事に違いはありません(=`ェ´=)ゞ


クリムト展~ウィーンと日本 1990@東京都美術館

2019-05-29
クリムト展~ウィーンと日本 1990@東京都美術館 はコメントを受け付けていません。

クリムト展~ウィーンと日本 1990を上野の東京都美術館にて観覧してきました。

没後100年を記念する今回のクリムト展は
過去最大級のという事で楽しみにしていました。

理想の女性(像)を追い求めるかのように
ゆるやかにたわむ線は、胸の膨らみから
下腹部へと流れ、その存在を写し表す。

そして時に物憂げに、時に匂い立つほど恍惚に
その官能性と甘美を醸し出す黄金様式時代の表情も
未だスタイルを手探りしているかであろう
修行時代の劇場装飾の下描きで既に見て取れる。

例えば、まるで日本の天女の姿のように描かれた
「浮く女性」はその将来への繋がりが思い浮かぶし
「古代ギリシャⅠ・Ⅱ」で描かれていた女性の顔は
その20年後に発表された「ユディトⅠ」の
恍惚とした表情が秘められているようだった。

ユディトⅠ

ユディトⅠ

今展チケットやフライヤーの表紙に採用された「ユディトⅠ」。

アッシリア軍に包囲され壊滅寸前だった我が町を救うために
敵将ホロフェルネスを誘惑して酒に酔わせ、その首を取った。

そんなユダヤの英雄ユディトは、クリムトによって半裸の姿で
その恍惚とした表情と、金箔と共に華やかな装飾で表され
英雄を絢爛な姿で称えた…「黄金様式」の始まりである。

そして今回が初の来日となった「女の三世代」は
幼い娘を寄り添うように抱く母親の傍で
老いを嘆いているような姿で老婆が佇む
女性の人生の三段階(幼年、青年、老年)である。

女の三世代

女の三世代

背景の曜変天目茶碗の内側にあるような大小の斑文や
鱗紋のような模様で埋め尽くした抽象的な空間は
まるで生命の円環=宇宙を表しているかのようです。

伝統的な西洋美術の表現の1つで
鏡を持った裸の女性は真実を表す。

全てを映し出す鏡と露わとなった裸体を
組み合わせることで隠し事のない意となる。

ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)

ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)

このヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)も
その伝統を踏襲しているようにも見えるが
造形芸術家協会に対する不満、そして脱退し
新たに分離派を結成したという背景からして
批判や圧力に屈しない反骨の狼煙として
その鏡には保守的な協会の姿を映し込んで
あざ笑っているかのようにも見える。

上部に書き込まれているシラーの警句はこうだ。

 君の行いと芸術で万人を喜ばせられなくても
 ごく一部の理解者を喜ばせることだ。
 誰彼構わず喜ばせるのはむしろ見苦しい。

…と、芸術が大衆に媚びる様であってはならないとする。

足元の蛇は罪を暗示しているとあったが
それは果たしてどうだろう…?

クリムトの作品には多くの蛇が登場する。
それは蛇そのものの姿だけに留まらず
蛇の姿をデフォルメ、あるいは簡素化した
柔らかな曲線や曲線模様として表されたり
鱗もまた同じように意匠化され描かれている。

ゴルゴン三姉妹

ゴルゴン三姉妹

ベートーヴェンの交響曲第9番をテーマに描かれた
黄金時代の集大成「ベートーヴェン・フリーズ」でも
甲冑姿の「黄金の騎士」の背景には丸に三つ鱗紋
ゴルゴン三姉妹の頭に蛇が纏わり付くように描かれている。
※正三角形を組み合わせた「三つ鱗」は
蛇の鱗の連なりに似ていることに由来する。

水蛇Ⅰ

水蛇Ⅰ

今展は残念ながら水蛇ⅠとⅡの2作品はありませんでしたが
勿論この2作品とも蛇が重要なテーマになっている。

「クリムトと蛇」については後日改めて考察したい。

水蛇Ⅱ

水蛇Ⅱ

本展とは別に都美館の売店でポストカードが販売されていたので
その2作品と水蛇Ⅰに装飾が施されたカードを記念に購入しました。

5年前に観た映画「クリムト~Klimt」では
病院のベットに横たわる臨終間近のクリムトの
夢とも幻覚ともおぼつかない世界が描かれていたが
今改めてDVDを引っ張り出して観てみたいと思う。
きっとあの頃とは少し違う発見が出来るかもしれない。

~・~・~・~・~・~・~・

会場:東京都美術館
会期:2019年7月10日(水)まで

クリムト展~ウィーンと日本 1990


トルコ至宝展~チューリップの宮殿 トプカプの美

2019-04-28
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トルコ至宝展「チューリップの宮殿 トプカプの美」を乃木坂の国立新美術館にて観覧してきました。

「トロヤの最下層にはアトランティスが眠っている」
そんな夢物語のような伝説もあるほどのこの地域。

古くからアジアとヨーロッパを結ぶ交易の要地として
様々な国々の文化を柔軟に受け入れ融合することで
多様に育まれ、そして繰り返し支配者を変えながら
その文化と歴史を重層的に積み重ねてきたのだろう。

「至宝」と題されていたが、今回は装身具ではなく
六角形にカットされた大きなエメラルドを3つ配した
全長43cm程もある王座用の吊るし飾りのような
装身具の方にフォーカスされているようでした。

この射手用ながらも宝石が豊富に鏤められた指輪や
手鏡、短剣などに施されたマルチカラーの配色は
ここ数年の課題でもあり、古のセンスを焼きつけた。

こちらは、立法者スルタン・スレイマン1世の刀剣で
細密な意匠と彫金技術はアフメト・テケリュの作。

よくよく見てみると蛇と鳳凰が向かい合っており
黒い蛇は金色の唐草を纏うかのように絡めている。

そして最も時間を費やしてしまったのが
様々な装飾に描かれたチューリップの意匠だ。

チューリップはトルコ語でLale(ラーレ)
アルファベット「Lam Elif Lam He」で表され
それは順番こそ異なるもののイスラム教の神
アッラー「Elif Lam Lam He」と同じである事、
更にチューリップが1つの球根から1つの花を咲かせる
…そんな唯一性がイスラム教の一神教に通じる事から
トルコでは神が姿を変えて現れた象徴と暗示されてきた。

現代の日本人には少々馴染みが薄い
細身で、朝顔の蕾のように捻じれた
チューリップが当時は流行したようだが
やはり気になったのは…
・兜の彫金テクスチャ(34)
・釉下彩技法のタイル(68)
・壁用カーテンの刺繍(94)
・クッションカバーの刺繍(124,127)
辺りの、細身で下半分に向かって膨らみのある意匠に惹かれ
これらは他人様の邪魔にならぬようスケッチしてきたので
近い将来これらのオマージュを作品に昇華出来ればと思います。

~・~・~・~・~・~・~・

会場:国立新美術館(企画展示室2E)
会期:令和(2019)年5月20日(月) まで

トルコ文化年2019
トルコ至宝展~チューリップの宮殿 トプカプの美


くりから工房2019年~亥年「お猪坊」扇蔵様仕様

2019-01-01
くりから工房2019年~亥年「お猪坊」扇蔵様仕様 はコメントを受け付けていません。

あけましておめでとうございます。

亥年の今年は「お猪坊」をリリースします。

先ずは年始の御挨拶代わりに
扇蔵様の御誂品をご紹介致します。

お猪坊の由来は「おちょぼ口の瓜坊」。

気持ちよさそうな表情で日を浴びる
瓜坊の姿を想作致しました。

慶事・吉祥の瑞祥「松・竹・梅」を
扇状にデザインして配されています。

扇蔵コレクション~扇印の十二支シリーズ
お猪坊(帯留・根付)を追加致しました。

~・~・~・~・~

今年も2014年から初詣に参拝している
柴田是真の額面著色鬼女図を所蔵の
王子稲荷神社へ初詣に行って参りました。

畏敬のオーラを放つ鬼女の大絵馬の拝観は
すっかり年始の恒例行事となりました。

おみくじは昨年と同じく半吉。

 この家の繁栄を祈るのは
 津の国の住吉の松原の様に
 常緑を色の変わりなく繁り行くが如く
 気を長く末の繁盛を待つべしとなり。

「気長に待つ」…ですか。

今までに無いスタンスだけに
心当たりにしておこうと思います。

~亥の字が含まれた「刻励」~
昨年末から仕事場の環境も少々改まり
より集中し、充実して励んで参ります。

2019年も、くりから工房を宜しくお願い致します。


日本のピカソ?~版画家・斎藤清「ザ・トールマン コレクション」展@渋谷ヒカリエ

2018-12-20
日本のピカソ?~版画家・斎藤清「ザ・トールマン コレクション」展@渋谷ヒカリエ はコメントを受け付けていません。

日本のピカソ?~版画家・斎藤清「ザ・トールマン コレクション」展を渋谷ヒカリエにて観覧してきました。

きっかけは12月11日付の日本経済新聞
文化面で紹介されていた記事でした。

「日本のピカソ」と大々的な題されたタイトルには
少なからずの違和感と懐疑的な気持ちを抱きながらも…

ノーマン・トールマン氏が1967年のアメリカ外交官時代に
ニューヨークの画廊で斎藤清氏の「ハニワ」と遭遇した際の
衝撃には及ばないが、現物を観てみたい衝動に駆られました。

トールマン氏の人生を大きく変えてしまったと言っても
過言ではない「ハニワ」、その入手経緯も強運と言える。

ニューヨークの画廊で観て以来、作品名さえ定かでないまま
限られた来日期間中に都内の画廊を巡るなかで辿り着いたのが
斎藤清氏の娘婿が営む画廊であったという1つめの強運。
その画廊の書架にも見つけ出すことが出来ずに帰ろうとした時
斎藤清氏ご本人と遭遇し「その作品なら1枚残っている」と
「ハニワ」を譲り受けることが出来たという2つめの強運。

その後の二人の30余年に渡っての運命の交流は
「日本の祖父」と「米国大使館から来た孫」という
ビジネスなどは抜きの真の友情が育まれたという。

仮面好きの私としては、この「ハニワ」のペインティングは
仮面に通じるようなところもあり惹かれ、それ以外の作品も
これを機会に是非とも観ておきたくなったという訳であった。

斎藤清氏の描く猫もまた愛らしく様々な表情やポーズの猫が
作品となって残されているが、そのどれもがモダンであり
昨今のイラストレーターが描いたような雰囲気さえある。
無論彼らが斎藤清氏の影響を受けているのであろうが…。

そして、現物を観ることが叶わなかったが
斎藤清氏が思い描く女性像もまた興味深い。

弁財天を描いていたりしていなかっただろうか…
もし描いていたらどんな感じだっただろうか…
などという期待と妄想を膨らませたりしている。

会津に斎藤清美術館があるらしいので
機会が得られた際には行ってみようと思う。


ポールマッカートニー フレッシュンアップ・ジャパンツアー@東京ドーム 2018年11月1日

2018-11-17
ポールマッカートニー フレッシュンアップ・ジャパンツアー@東京ドーム 2018年11月1日 はコメントを受け付けていません。

ポールのコンサートに参加する機会に
長い間なかなか恵まれずにいました。

1990年代になってポールのライブのセットリストに
ビートルズの曲が多く入るようになった事が話題になったが
その当時発売されたTripping The Live Fantasticで聴いた音は
時代を映すかのように華やか過ぎる印象だった事も距離を感じた。

その後のFree as a Birdのレコーディングは本当に素晴らしかったが
ジョージハリスンの死によって、そういった事も不可能になった。

2010年代になって何度も来日してくれたものの
どうしても自ら進んでその気になれずにいたのだが
今回は新作Egypt Station に収録された
I Don’t Know を聴いて一気に心が傾いた。

ビートルズにまつわるあらゆる事を全て受け留めて
何もかも解放されたような印象がこの曲にあった。

今こそ「ビートルズの生の声」を聴いておかなくては…と。

なぜかライヴ当日の朝からリフレインしていたのは
Live and let dieの冒頭のメロディばかりだった。

一度聴いたら頭から離れない親しみのある
そして抑揚感あふれるメロディアスな楽曲こそ
いかにもポールマッカトニーである!と賛同する。

両サイドの縦長のモニターに映し出されたのは
ポールマッカートニーの軌跡のように作りこまれ
ビートルズがあって今の自分があると受け取れる。

この序章もまた後に効いてくるボディブローのように
最高のシチュエーションだったと今になって思う。

A Hard Day’s Night
Junior’s Farm
Can’t Buy Me Love
Letting Go
Who Cares
Got to Get You into My Life
Come On to Me

オープニングから数曲は歌が聴こえ難かったが
恐らくそれは東京ドームの特殊な音響に
耳が馴染んでいなかったのかもしれない。

最初のMC「ニホンニカエッテキタヨ」すら
なんだかとても弱々しく聴こえたほどだったが
ほどなくして、それは帳消しとなった。

Let Me Roll It
I’ve Got a Feeling
この時点でシャウトもギターも響き渡ってきた。

そしてここからはピアノを弾きながら…
My Valentine
1985
Maybe I’m Amazed

ビートルズのカバー曲では1958年テディーベアーズ
(フィル・スペクター作曲&プロデュース)の
To know him is to love him「会ったとたんに一目ぼれ」
(ビートルズでは「To know her is to love her」)が好きで
ゆったりと優雅に始まり、メロディアスに盛り上がるサビは
20歳そこそこの当時から今もなお心に焼き付いているが
個人的にはその曲を思い出す In Spite of All the Dangerは
同じく1958年クオリーメン時代にレコーディングされた曲だ。

We Can Work It Out
In Spite of All the Danger
From Me to You
Love Me Do
Blackbird
Here Today

Queenie Eye
Lady Madonna

アコギに持ち替えて「ミンナダイスキ」といった後
ちょっとしたハプニングがあったのもまた良かった。
Eleanor Rigby

Fuh You
Being for the Benefit of Mr. Kite!

ウクレレの弾き語りから始まる
Something
とてもドラマティックだった。

「イッショニウタオヨ」と誘われて
みんな童心に帰ってしまった
Ob-La-Di, Ob-La-Da

Band on the Run

Back in the U.S.S.R.
演奏後のお決まりの?タッチ
そしてバイオリンベースを客席に
投げ込もうとする仕草も抜かりなく。

そして、まさかこの曲で涙あふれるとは…
個人的には「仕方ない」と訳している

Let It Be

これまでに数え切れないほどに聴いてきたが
イントロが始まった瞬間から涙が止まらなかった。

仕方ない、生きていれば仕方が無い事も多々あるのだ。

そして朝から頭の中で繰り返された
Live and Let Die

この日2度目の感涙
Hey Jude

大合唱と共に本編の幕は閉じた。

【アンコール】

I Saw Her Standing There
Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (Reprise)
Helter Skelter

そして、ずっと聴きたかったこの曲で三度目の感涙。
Golden Slumbers
Carry That Weight

15年ほど前、渋谷の工房から自宅へ帰る途中
エンドレスでこの曲が頭の中で流れていた時期がある。
数年もの間、毎晩のように流れていた思い入れのある曲。

至福の時である。

The End
3本のギターによるギターバトル
七色の照明も美しくステージに映え
見事なエンディングを迎える。

時折ステージ上でおどけてみせるポールは
まるで子供あやす父親のようにも映った。
そう、やはり我々はビートル・チルドレンなのだ。

選曲はビートルズの曲が半分以上を占め
それ以外も誰もが一度は聴いた事があるような曲
聴き覚えのある曲、その親しみのあるメロディーの数々は
ポールマッカトニー大全集と捉えることが出来るが
まさにそれこそが今なおポールが伝えようとしている
ポールが受け留めて背負い解放している姿のように思える。

平成最後の秋を最高に締めくくることが出来た。


井の頭弁財天と宇賀神像~井の頭恩賜公園

2018-10-27
井の頭弁財天と宇賀神像~井の頭恩賜公園 はコメントを受け付けていません。

井の頭恩賜公園の中にある
井の頭弁財天の探訪記~2018年

かつては月に一度は散歩で訪れたり
住居を探していた時期もあったエリア。

今でも季節の節目に気持ちを入れ替えたり
言葉にし難い普遍的な景色に包まれたくなる。

そんな井の頭池のほとりにある紅一点の弁天堂は
華やぎを添えながら弁財天の存在感を放っている。

井の頭弁財天は天慶年間(938-946年)に源経基が
伝教大師作の天女像をこの地に祀ったことに始まり
1197年に源頼朝が東国の平安を祈願してお堂を建立。
その後、何度か焼失に見舞われる事となったが
現在のお堂は昭和初期に再建されたという事です。

こちらの狛犬は達磨に耳を付けたかのような大胆なお顔。
作者に制作の意図をお伺いしてみたいような気もするが
様々なご当地キャラクターを見慣れているせいだろうか
こちらの表情まで緩ませてしまう愛らしさもあるのです。

本堂裏手の銭洗い弁天では龍神様が口を開けてお待ちかね。
こちらもなかなかユーモラスな表情です(嫌いじゃない)。

井の頭白蛇伝説
首筋に3枚の鱗を生やした娘が実は池の主の化身だったという
その白蛇に変化した娘を偲んで供養のために作られた宇賀神像。
しかし、その顔は娘(女性)ではなく翁である。

過去の「宇賀神」に関する記事

井の頭弁財天のご本尊は8本の手を持った八臂像で
(縁起によれば、この弁財天像は最澄の作とされる)
頭上に宇賀神を載せ鳥居を冠している姿の秘仏であり
簡単にお目に掛かれませんが(巳年に御開帳される)
弁天堂の正面から左手奥にある七井不動尊のお堂前に
ひっそり鎮座する宇賀神を冠した弁財天の石像に救われる。

後背に彫られていたのを見落としたかもですが
二臂の弁財天が剣と宝珠を持つ姿は少し珍しい。
(物凄く珍しいという訳でもないと思いますが)

こちらの弁財天は優しく穏やかな表情をされていますが
宇賀神の方は険しい感じ…こちらも翁でしょうか?

これまで何度も足を運んでいましたが
こうして記事にしてみると新たな発見や
疑問なども次回に繋がる楽しみとなりました。


海の道 ジャランジャラン~東京国立博物館(東洋館)

2018-09-29
海の道 ジャランジャラン~東京国立博物館(東洋館) はコメントを受け付けていません。

東京国立博物館(東洋館)にて開催中のイベント「海の道 ジャランジャラン」を観覧してきました。

「ジャランジャラン」とはインドネシア語で「散歩」の意。

インドや中国といった周辺諸国との交流によって
その各地に起源を持つ文化との融合と共に育まれ
インドネシア海域で豊かな文化へと発展しました。

染色、陶磁器、武器、絵画等が特集されていますが
中でもお目当ては「ワヤン」というインドネシアの人形芝居。

そのきっかけは8年前、扇蔵様から下賜されたこの人形でした。
201444

詳細は不明ながらもその意匠から東南アジアのものだろうと推測。
その後2014年に観覧したイメージの力~国立新美術館
その存在と詳細が紐解かれるきっかけとなりました。

インドネシア(ジャワ島・バリ島)の伝統的な影絵芝居で使う
「影絵人形~ワヤン・クリット(orクリ)」という操り人形。

影絵人形はそのシルエットのみスクリーンに映し出されるが
実際の人形には煌びやかな色彩が豊かに施されていたりする。

これはスクリーンの裏側(人形遣い側)は常世であるとされており
常世とは色彩が豊かに溢れる美しい世界であると表す一方で
現世(観客席側)はモノクロームな世界を表しているのだと云う。


スクリーンに映し出された影絵芝居劇のワンシーン。


王女バヌワティ~Dewi Banowati


ユディスティロ~Prabu Yudistiraとバヌワティ


超能力の持ち主、ウモ~Dewi Uma


髪の毛に人毛が用いられている人形…

特にお気に入りはこちら…

怪物チャキル~Buta Cakil
チャキルとは鋲の意で、牙を表している。


主人公に打ち負かされるキャラ設定ならではの
この妖かしながらも愛嬌溢れる表情に惹かれます。

インスタの方にも幾つかアップしておきました。
ワヤン~影絵人形劇

~・~・~・~・~・~・~・

会場:東京国立博物館(東洋館)
会期:平成30(2018)年9月30日(日) まで

日本インドネシア国交樹立60周年記念
イベント「海の道 ジャランジャラン


縄文 1万年の美の鼓動~東京国立博物館 平成館

2018-08-20
縄文 1万年の美の鼓動~東京国立博物館 平成館 はコメントを受け付けていません。

東京国立博物館(平成館)にて開催中の特別展「縄文 1万年の美の鼓動」を観覧してきました。

今回の目玉はなんといっても縄文美の最たるものとして
真っ赤な展示室に集結した史上初となる国宝6優品。
中でも推土偶「仮面の女神」と「縄文のビーナス」が
7月31日からは追加展示され、絶好の機会となりました。

↓こちらは私物の推土偶フィギュア(=`▽´=)

何のために作られたのか等は全て推測する事しか出来ない。

色んな人の目に映ることで未だ誰も気づかないことに
新たなる発見が導き出されるかもしれません。

大胆な造形と繊細な文様の組み合わせからなる土偶。

個人的には「ハート形土偶」は梟の仮面
そして「仮面の女神」は蛇の仮面なのではないか
(直観的第一印象レベルの話ですが)と思ってます。

という訳で、本展の第一目的は「仮面の女神」でした。

プリミティヴな縄文造形の中に見え隠れする蛇の存在。

土偶や土器の縄目文様は蛇の鱗を表しているとされるし
造形そのものとして蛇形や蛇模様として多く登場する。
そして蛇の頭部を三角形で表されることがある。

「仮面の女神」の逆三角仮面は蛇を模したものではないだろうか。

いつの頃からかそういう風に漠然と思い描きながらも
実物の「仮面の女神」を目にする事が出来ずにいましたが
今回こうして実物を見る事で確信を得たとは言えないまでも
この考えをこのブログにて発信してみることにしました。

田中清文氏著による『仮面の土偶』にて
「仮面を被った女性シャーマン」であり
「土偶はみな仮面を被った姿」と発想されている。

仮面と蛇との繋がりに関する記述はありませんでしたが
女性シャーマンが信仰の対象である蛇の面を被るのは
あり得るかもしれない…と、この本を読んでの感触です。

真実を解明されることが決して無い事でも
こうして想像してみるのは面白いですね。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

縄文の造形で驚かされる事のひとつに空洞の工夫がある。

アザラシともペンギンとも見える「動物形土製品」は
描かれた模様と空洞の穴が巧く一体化されていたりする。

「縄文のビーナス」も、ひたいの上部に空けられていて
これがまた原始的とは言い難いほど巧みなのである。

プリミティヴというと素朴・単純・幼稚といった括りもあるが
その本能的な造形表現は、外国との交流も少なかった時代に
極めて混じり気のない純粋さから成る独創的な美(表現)が
1万年もかけて縄文時代に安定的に育まれたのでしょうか。

来月辺りから来年の干支「亥」の制作も始まるので願掛けに
猪がモデルとされる「猪形土製品」のカードを購入しました。

他に気づいたことをメモ代わりに記しておくと…
「縄文の女神」の上半身には対称的に空けられた穴があるが
あれは縄で別のパーツが括られていた痕跡ではないかと思った。

あの美しいボディラインと下半身の模様に比べ顔無しでは
いくら大胆な造型美の縄文土偶とはいえ物足りなさがある。
実は別のパーツで顔もしくは仮面などが表現されて
縄か何かで括られていたのではと思ったりしました。

…だとしたら一体どんな感じだっただろう。。。
まるでミロのヴィーナスの失われた腕の推測のよう。
アプリとかで色々と公募してみたら面白そうですね。

夕方に入場した展覧会場も出る頃にはすっかり暗くなって
月夜を背景に「表慶館」が美しく浮かび上がっていました。

会場:東京国立博物館(平成館)
会期:平成30(2018)年9月2日(日) まで

特別展 「縄文 1万年の美の鼓動」


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