くりから工房~Blog (Archive & Search)

縄文 1万年の美の鼓動~東京国立博物館 平成館

2018-08-20
縄文 1万年の美の鼓動~東京国立博物館 平成館 はコメントを受け付けていません。

東京国立博物館(平成館)にて開催中の特別展「縄文 1万年の美の鼓動」を観覧してきました。

今回の目玉はなんといっても縄文美の最たるものとして
真っ赤な展示室に集結した史上初となる国宝6優品。
中でも推土偶「仮面の女神」と「縄文のビーナス」が
7月31日からは追加展示され、絶好の機会となりました。

↓こちらは私物の推土偶フィギュア(=`▽´=)

何のために作られたのか等は全て推測する事しか出来ない。

色んな人の目に映ることで未だ誰も気づかないことに
新たなる発見が導き出されるかもしれません。

大胆な造形と繊細な文様の組み合わせからなる土偶。

個人的には「ハート形土偶」は梟の仮面
そして「仮面の女神」は蛇の仮面なのではないか
(直観的第一印象レベルの話ですが)と思ってます。

という訳で、本展の第一目的は「仮面の女神」でした。

プリミティヴな縄文造形の中に見え隠れする蛇の存在。

土偶や土器の縄目文様は蛇の鱗を表しているとされるし
造形そのものとして蛇形や蛇模様として多く登場する。
そして蛇の頭部を三角形で表されることがある。

「仮面の女神」の逆三角仮面は蛇を模したものではないだろうか。

いつの頃からかそういう風に漠然と思い描きながらも
実物の「仮面の女神」を目にする事が出来ずにいましたが
今回こうして実物を見る事で確信を得たとは言えないまでも
この考えをこのブログにて発信してみることにしました。

田中清文氏著による『仮面の土偶』にて
「仮面を被った女性シャーマン」であり
「土偶はみな仮面を被った姿」と発想されている。

仮面と蛇との繋がりに関する記述はありませんでしたが
女性シャーマンが信仰の対象である蛇の面を被るのは
あり得るかもしれない…と、この本を読んでの感触です。

真実を解明されることが決して無い事でも
こうして想像してみるのは面白いですね。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

縄文の造形で驚かされる事のひとつに空洞の工夫がある。

アザラシともペンギンとも見える「動物形土製品」は
描かれた模様と空洞の穴が巧く一体化されていたりする。

「縄文のビーナス」も、ひたいの上部に空けられていて
これがまた原始的とは言い難いほど巧みなのである。

プリミティヴというと素朴・単純・幼稚といった括りもあるが
その本能的な造形表現は、外国との交流も少なかった時代に
極めて混じり気のない純粋さから成る独創的な美(表現)が
1万年もかけて縄文時代に安定的に育まれたのでしょうか。

来月辺りから来年の干支「亥」の制作も始まるので願掛けに
猪がモデルとされる「猪形土製品」のカードを購入しました。

他に気づいたことをメモ代わりに記しておくと…
「縄文の女神」の上半身には対称的に空けられた穴があるが
あれは縄で別のパーツが括られていた痕跡ではないかと思った。

あの美しいボディラインと下半身の模様に比べ顔無しでは
いくら大胆な造型美の縄文土偶とはいえ物足りなさがある。
実は別のパーツで顔もしくは仮面などが表現されて
縄か何かで括られていたのではと思ったりしました。

…だとしたら一体どんな感じだっただろう。。。
まるでミロのヴィーナスの失われた腕の推測のよう。
アプリとかで色々と公募してみたら面白そうですね。

夕方に入場した展覧会場も出る頃にはすっかり暗くなって
月夜を背景に「表慶館」が美しく浮かび上がっていました。

会場:東京国立博物館(平成館)
会期:平成30(2018)年9月2日(日) まで

特別展 「縄文 1万年の美の鼓動」

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特別展 「仏像入門-のぞいてみよう!ウラとワザ-」鎌倉国宝館と旗上弁財天社

2018-07-30
特別展 「仏像入門-のぞいてみよう!ウラとワザ-」鎌倉国宝館と旗上弁財天社 はコメントを受け付けていません。

鎌倉国宝館にて開催中の特別展 「仏像入門-のぞいてみよう!ウラとワザ-」を観覧してきました。

・・・と、その前に「鎌倉江の島七福神」の弁天様
鶴岡八幡宮境内の源氏池に浮かぶ島にある
旗上弁財天社に参拝して参りました。

1182年、北条政子の命によって建立したものとも伝えられ
社の裏手には政子石なる大きな石がひっそりと祀られています。


※こちらは1980年に復元された旗上弁財天社の彫刻です。

重要文化財「弁才天坐像」
1266年に舞楽師中原光氏が舞楽院に奉納。

神仏分離令が発令された1868年以降
弁財天社も仏教の守護神であることから
鶴岡八幡宮寺と共に廃仏毀釈で破壊され
行方不明なっていたが後に倉庫にて発見、
現在は「鎌倉国宝館」に寄託されており
今回の特別展でも展示されていました。

弁才天坐像(弁財天坐像)

弁才天坐像(弁財天坐像)~※私物の古い絵葉書より


この画像にあるように裸形に腰布1枚の姿で彫出され
この裸形彫刻に着衣して弁才天坐像は完成すると云う。

そんな弁才天坐像を下から少し見上げるように
間近で独占状態で拝観することが出来ましたが
鎌倉時代作ならではのふくよかな女性らしさの中に
その存在感から畏怖の念を感じずにはいられません。

そんな 「仏像入門-のぞいてみよう!ウラとワザ-」

関東でも数多くの魅力的な仏像が伝わる鎌倉にて
普段目にする角度とは異なる仏像鑑賞をテーマに
伝統の中に新たな発見を見出すというアプローチ。

例えばフライヤーにある十二神将立像
(左奥から、寅神像・卯神像・子神像)の
卯神像はフライヤーの角度から見た印象は
遠くの景色(様子)を伺っているように観えますが

こうして俯瞰すると「了解!」とか「お疲れ!」と
キャラクターが敬礼しているかのような感じで
(それこそLINEのスタンプとして使えそう)
険しい形相に愛嬌が溢れ親近感を覚える。

個人的に気に入ったのは子神像。

特にこの左目の感じなどは間違いなく近い将来
面根付か般若辺りの作品に反映されると思います。

もちろん基礎的な鑑賞や、仏師の思いや工夫の数々で
仏像の内側(ウラとワザ)として窺い知る事が出来ます。

会場:鎌倉国宝館
会期:平成30(2018)年7月21日(土)~9月2日(日)

特別展 「仏像入門-のぞいてみよう!ウラとワザ-」


鉄隕石/隕鉄(ムオニオナルスタ)とトルマリン・イン・クォーツ(トルマリネイテッドクォーツ)

2018-06-02
鉄隕石/隕鉄(ムオニオナルスタ)とトルマリン・イン・クォーツ(トルマリネイテッドクォーツ) はコメントを受け付けていません。

第31回東京国際ミネラルフェアの招待券を頂き、鉄隕石/隕鉄(ムオニオナルスタ)と、トルマリン・イン・クォーツ(トルマリネイテッドクォーツ)を新たに迎え入れる事が出来ました。

仕事柄、色んな宝石を所有していますが
鉱物コレクターとなると、それには程遠いレベル。

時間とタイミングが合った時に蒐集している感じで
好みの物に出会えたら…と、ここ数年探しているのは
加工用に探している隕鉄(鉄隕石)
貫入り水晶(クォーツ・イン・クォーツ)です。

本日は土曜日という事もあって会場内は大盛況。

何か面白そうなものを探しに…という余裕はなく
目的のものだけをピンスポットでチョイスという感じで
約1時間ほどの滞在でしたが、良い出会いがありました。


天然の幾何学模様(ウィドマンシュテッテン構造)が美しい
鉄隕石/隕鉄(ムオニオナルスタ)はエッチングを活かした
ペーパーナイフに加工する事を目的としていますので
数ある中で理想的なものを見つける事が出来ました。


こちらはトルマリン(電気石)の結晶が内包された水晶
トルマリン・イン・クォーツ(トルマリネイテッドクォーツ)。

貫入り水晶(クォーツ・イン・クォーツ)の
氷の中に閉じ込められたかのようにも見える
天然アートのような一瞬の不思議さが好きで
今回はどんな貫入り水晶に出会えるか楽しみでしたが
このグリーン・トルマリンの結晶が浮かび上がるように
内包された水晶に惹かれ観賞用に連れて帰りました。

観賞用とはいえ、トルマリン=電気石の名の通り
結晶の両端が+と-に帯電する性質がありますので
その辺りの効果などもちょっと気になったりしています。

~・~・~・~・~・・・
会場:スペースセブンイベント会場
ハイアット・リージェンシー東京/小田急第一生命ビル1F
開催期間:6/1(金)~4(月) 10時~18時
主催:TIMA 東京国際ミネラル協会


「狂言―山本東次郎家の面―」~國學院大學博物館

2018-05-28
「狂言―山本東次郎家の面―」~國學院大學博物館 はコメントを受け付けていません。

國學院大學博物館にて開催中の「狂言―山本東次郎家の面―」を観覧してきました。

高校生の頃に一度だけ観たことがある狂言。
無知な高校生には全く台詞なども入ってこず
敷居の高さだけを記憶に30年経過していました。

能面に比べると、その存在はマイナーな狂言面ですが
今回の特別展では山本東次郎家が所蔵する名品の数々が
出品されるとの事で、仮面好きとしては見逃せない機会です。

舞踊的な要素の中で、悲劇的な内容が多い能とは対照的に
道化的な要素が強い狂言は、人の失敗や愚行にフォーカスし
時代の進化に関わらず繰り返される過ちを滑稽に捉えている。

いつの時代も変わることのない人間の愚かな本質を
単なる風刺ではなく、権力に胡坐をかいた見栄っ張りや
色物欲を捨て切れない僧侶、神通力を持たない妖神、
女面でも能面のような悲劇性を纏った鬼女面ではなく
人間味溢れる豊かな表情で笑いに包み心を和ませる。


この愛嬌溢れる「神鳴(かみなり)」面なども雷神好きとしては
達磨が何だかばつの悪そうな表情を浮かべているかのようで
その狂言の本質の(ほんの)欠片を感じ取ることが出来ます。

額に浮かび上がる血管から「癇癪持ち」とされていますが
この稲妻のように浮かび上がる血管は雷神系の面に見掛け
実は4年前に着手した面根付(未完成)でも用いています。

そして何より最も興味深いのは、狂言では人間の本性、つまり
誰もが心の隅に抱える欲や見栄を携えて生きているのだから
過失を追い詰めたり裁いたりすることなく互いに許し合って
大らかな気持ちで生きていけたらいいと示唆している点です。

これはまるで、過剰かつ敏感な昨今の日本のあり方に
改めて一石を投じているかのような古典芸能であります。

会場:國學院大學博物館 企画展示室
会期:平成30(2018)年5月26日(土)~7月8日(日)

特別展「狂言―山本東次郎家の面―」


くりから工房2018年~戌年

2018-01-01
くりから工房2018年~戌年 はコメントを受け付けていません。

あけましておめでとうございます。

今年も2014年から初詣に参拝している
柴田是真の額面著色鬼女図を所蔵の
王子稲荷神社へ初詣に行って参りました。

おみくじは半吉。

己れの怠惰を棚に上げ他人の勤勉で
福なるを羨むのは無為無駄。
己れの身を働き正しくして家業に精を出せば
後に必ず吉き事あらむとなり。

人として心当たりのある指針を心に刻みつつ…

畏敬のオーラを放つ鬼女の大絵馬の拝観と共に
背筋が伸び身が引き締まる思いであります。

自宅の最寄駅から見える初富士に手を合わせ
勇ましい不動の信念を気持ちを合わせるのも
この地に越して来て以来の恒例行事の1つ。

地元の氏神様への御挨拶を終えた頃には
すっかり陽も落ち、東の空には丸~い月が
澄み切った新年の空に浮かび上がっていました。

戌年の今年は「こまい犬~笑し(わらし)」をリリース。

狛犬が玉と戯れる意匠の「玉獅子」の縁起
(玉が転がる=物事が上手く転じる)から
無邪気な仔犬が舌を出して笑いながら
鞠と戯れる姿を想作致しました。

小さな犬と狛犬の由来を「こまい犬」とし
笑と童から「笑し(わらし)」と名付けました。

こまい犬/笑し~帯留・根付

笑顔あふれる1年になりますように…☆

2018年も、くりから工房を宜しくお願い致します。


レンズを通して ~四季をめぐる鳥と根付 /高円宮妃久子 著

2017-07-19
レンズを通して ~四季をめぐる鳥と根付 /高円宮妃久子 著 はコメントを受け付けていません。

高円宮妃久子様が『婦人画報』にて5年に渡って連載中(現在6年目)の『レンズを通して』と題された鳥と根付の写真とエッセイが1冊の本になりました。

愛読するものを穏やかに包み込むように誘なう語り口と
おそらく数え切れない程に撮影された中から
紡ぎ出すかの様に選ばれたその瞬間の世界。

妃殿下の日常の気付き(妃殿下のお言葉にある些細な発見)を
「景色の中にある被写体(鳥)を望遠レンズにて・・・」
「被写体(根付)の外にある景色を接写レンズにて・・・」
タイトルにある『レンズを通して』の「はてな」や「びっくり」を
決して忘れてはならない事や、自然や環境と重ねながら
日本の美しい四季と多大なる営みを共感できる一冊です。


銭洗弁財天宇賀福神社~鎌倉

2017-06-30
銭洗弁財天宇賀福神社~鎌倉 はコメントを受け付けていません。

銭洗弁財天宇賀福神社(鎌倉)探訪記~2017年

般若とは半蛇であるという説を紐解いてゆく過程で
(~「鬼の研究」著者:馬場あき子氏~より)
人頭蛇身の神である「宇賀神」に辿り着いた際
4年前に一度訪れた銭洗弁財天宇賀福神社を再訪。

御祭神
本宮 市杵島姫命
奥宮 弁財天

蛇(水神)との結びつきが強く、蛇を使いとすることから
あちらこちらに蛇にまつわるモチーフが溢れています。

正三角形を組み合わせた「三つ鱗」は
蛇の鱗の連なりに似ていることに由来。

弁財天では波と組み合わせた「波に三鱗」が定紋とされ
銭洗弁財天宇賀福神社でも所々で発見するのが楽しい。
ディズニーランドでいう隠れミッキーを探すみたいな感じ?

本宮の脇から入る洞窟が奥宮になっていて
岩窟の切れ間から差し込む神々しい光を浴びながら
鎌倉五名水に数えられる清水で銭洗することによって
心の不浄が清められ福寿開運するという御利益。

奥宮には宇賀神と弁財天が祀られています。
巳年の1185年(文治元年)巳の月(旧暦4月)巳の日に
源頼朝公が見た霊夢の導きで宇賀福神弁財天を祀ると
治政は確立され、民衆の平穏を得るに及んだと云う。

宇賀神像~梅若塚木母寺」でも綴ったように
女媧の立体像を中心に色々と探索していますが
こちらは石碑の平面に宇賀神が彫刻されています。

今回、改めて女性の頭部の宇賀神を探してみましたが
前回と同様に見つけることは出来ませんでした。

~宇賀神は日本古来の農耕神~
その多くは男性(翁)の人頭で表される事が多いようですが
中には女性の頭部で表されている事もあり、その解釈の1つとして
伊勢神宮外宮で豊受大神として祀られている「豊受媛神」も
(御饌の神として天照大神の食の世話をする重要な神である)
『延喜式』大殿祭祝詞に宇賀能美多麻と称するという註がある事から
豊受媛神が女性(女媧)を表していると解釈される事もあるようです。
(丹後国風土記に登場する天女が豊宇賀能売神であるともされます)

また後に弁才天と習合し、宇賀弁才天として祀られてからは
市杵嶋姫命(いちきしまひめ)と同一視されることも多く
こちらも女性(女媧)として表す要因の1つとして考えられます。


鬼子母神~正中山法華経寺鬼子母神堂

2017-05-15
鬼子母神~正中山法華経寺鬼子母神堂 はコメントを受け付けていません。

月成作【挫喰髏(ザクロ)】に纏わる「江戸三大鬼子母神」最後の探訪は「正中山 法華経寺」です。

2012年に探訪した「恐れ入りやの鬼子母神」、
2013年に探訪した「雑司が谷 鬼子母神」共に
鬼子母神の三昧耶形とされる柘榴の意匠を
境内で探すだけでも面白かったので
今回もそれも1つの楽しみにしていたところ
参道の龍渕橋の欄干に擬宝珠に見立てた
真っ赤な柘榴が早速出迎えてくれました。

これは面白い意匠の柘榴に出会えるのでは!と
期待に胸を膨らませてイザ鬼子母神堂に入ると…

と、撮影出来るのはこの辺りまで。。。

少々物足りなさを感じながらも
日蓮大聖人御親刻の鬼子母神像が安置されている
鬼子母神堂安置をあとにするのでありました。

どこかに鬼子母神様のお姿は無いかと散策してみると
絵馬堂内の壁の上の方に絵馬に描かれた鬼子母神様が。

こちらも雑司が谷の鬼子母神石像とよく似た意匠で
仏道に帰依する前の訶梨帝母(ハーリーティ/カリティモ)の
豪傑な面影を残す豪快母ちゃんの鬼子母神様なのでありました。

ということで、「江戸三大鬼子母神」詣は
約6年越しにてミッション完了致しました(=`ェ´=)ゞ


Norah Jones/ノラ・ジョーンズ~武道館公演4/14(2017)

2017-04-15
Norah Jones/ノラ・ジョーンズ~武道館公演4/14(2017) はコメントを受け付けていません。

春らしい穏やかな天気にも恵まれた
Norah Jones/ノラ・ジョーンズ
武道館公演の中日(4/14)。

早いもので前回の武道館公演から4年半も経つんですね。

九段下からふと左手に目をやると
まだまだ咲き誇る桜の隙間から
武道館のシンボルが見えてきました。

ノラ・ジョーンズのライブ前に相応しい
ほっこりした気分にさせてくれる景色で
今年の桜は本当に長く楽しませてくれました。

武道館というよりも、小さなライヴハウスであるかのような
アットホームな雰囲気のなか目の前で繰り広げられる
ノラ・ジョーンズの歌の世界は淡々としていながらも
普遍的な中に彼女の唯一無二の歌声に引き込まれる。

心地よく、気持ちが良い、ただそれだけの至福の時。

ささやかな贅沢を味わう最高のバースディ・ウィーク。
この悦びをまた明日からの想作に反映して参ります。

(Special Thanks Ryuya@otoris)


ゴールドマンコレクション~これぞ暁斎!

2017-04-09
ゴールドマンコレクション~これぞ暁斎! はコメントを受け付けていません。

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムにて開催中の『ゴールドマンコレクション~これぞ暁斎!』を観覧してきました。

河鍋暁斎といえば、これまで何度かの展覧会で
仏画から戯画まで幅広い作品を観てきましたし
幾つかの図録なども所有しているのですが
「今回は動物を写生した題材が多いのも魅力」と
既に御観覧された扇蔵様より御伺いしていたので
何か新しい発見が出来ればと楽しみにしていました。


枯木寒鴉図/烏瓜に二羽の鴉(共に部分拡大)

1881年、第二回内国勧業博覧会で最高賞を受賞した暁斎は
この「枯木寒鴉図」に法外な価格が付けられた
「これは鳥の値段ではなく長年の苦学の価である」と答えたと云う

榮太婁の二代目主人に買い上げられ
この作品を機に鳥の制作依頼が殺到し
鴉の絵は海外に知らしめた作品となった。

観察と記憶による描写から数多くの写生が成され
そこに擬人化の要素を加える事で自由自在の
暁斎ワールドが繰り広げられるのである。

その1つの例が「鴉の目の擬人化」でした。

この2枚の画像は先日三溪園で撮影した鴉で
観察する限り鴉の目は黒目しか確認出来ませんが
鴉の白目や目の形を独自の解釈を添えることで
鴉の表情や作品の物語が明確となって浮かび上がる。

このアプローチが更に加速してゆくと
それはまるで人間社会の縮図として
その滑稽な様や風刺画として描かれ
今も私達の身近にある出来事と重なる。

暁斎の時代から約130年が経過し
これほどのテクノロジーが進化しても
人間の成長は個々の人生において大差なく
むしろ便利さと共に退化している部分さえある…
そんな事を思い馳せたりもするきっかけになりました。

暁斎の戯画による人生訓

もしも暁斎が現代を擬人化するとしたら
ミサイルだろうか、原子力だろうか、それとも…。

Bunkamura ザ・ミュージアム/ゴールドマンコレクション~これぞ暁斎!


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